In Conversation: ジン・ホアンとラルフ・ギブソン
© Jing Huang

「ライカI」誕生100周年を記念し、ライカ・オスカー・バルナック・ニューカマーアワード2011年受賞者のジン・ホアンが、ライカ・ホール・オブ・フェイム・アワード受賞者であるラルフ・ギブソンと写真を通じた対話を繰り広げます。両者の作品は、6月10日よりライカギャラリー台北にて展示されます。
現代の才能と往年の名匠の作品を同時に展示する「ライカI」誕生100周年記念写真展「In Conversation」。毎月、各国のライカギャラリーでは、ライカによる写真表現の芸術性に焦点を当てるこの写真展を開催しています。ライカギャラリー台北では、ジン・ホアンとラルフ・ギブソン、二人が創り出す写真の世界が交差します。中国とアメリカ、それぞれの写真家による作品は、構図の美しさ、質感、グレースケールへの鋭い感覚、そして絵画を想わせるような表現力において際立っています。
ライカ:ライカフォトグラフィーの100周年について、どのように感じていますか?
ジン・ホアン:まず何よりも、ライカというブランドが100年にわたりその歴史を刻み続けてきたことは、実に偉業と言えるでしょう。100年前、ライカはカメラを小型で持ち運びやすいものにし、写真撮影のあり方を変えました。現地でその瞬間を切り撮ることができるようになり、リアルタイムなビジュアル・コミュニケーションの時代が始まったのです。当時としては画期的な発明で、社会の価値観に変化をもたらしました。今ではスマートフォンやインターネットがその役割を担っていますが、ライカはすでに40年以上も前から変革を遂げ、芸術としての写真を追求し続けてきました。ライカの写真は、いまや独自の芸術的スタイルを確立しています。その美学は、即興的で場所を問わない撮影スタイルにあります。
ライカ・ホール・オブ・フェイム・アワード受賞者の中で、特に影響を受けた写真家はいますか?
ライカのカメラは報道写真に向いているという声も多く聞かれますが、受賞者の作品には芸術性の高い作品や、芸術的表現が色濃く反映された報道写真が数多く見られます。そうした作品に触れることで、自分だけのスタイルを見つけたいという思いが、より強くなりました。
展示作品のテーマは何ですか?
このシリーズには、はっきりとしたテーマは設けていません。私が追い求めているのは、ある種の「漂うような異質さ」です。子どもの頃のような好奇心を忘れずに、世界を新鮮なまなざしで捉えようとする試みでもあります。
写真展では二世代間での視覚を通じた対話がテーマですが、どのようなアプローチをとりましたか?
ラルフ・ギブソンとの対話を実現できたことは、大変光栄なことです。彼は、私の写真家としての歩みにおいて最も大きな影響を与えてくれた人物の一人です。静物写真に対する彼の深い情熱が、私の視野を大きく広げてくれました。この対話では、特に静物写真の表現に焦点を当て、これが中国絵画の哲学と繊細に共鳴しています。静物写真は人間の営みの痕跡を宿し、感情や意味を映し出す媒体でもあります。技術的に見ると、私のアプローチはギブソンのものとは大きく異なります。私は中国の水墨画に近い、低コントラストの表現を用いており、それによって鑑賞者により深く、内省的で重層的な体験を提供できればと願っています。
この対話で見えてきた共通点や相違点は何ですか?
私は若い頃に絵画を学んでいたこともあり、写真作品においてもフォルムの美しさに特に重きを置いています。ギブソンの作品は、絵画的な表現力にあふれていて、画面構成やグレースケールの使い方が非常に洗練されています。誇張された表現や繊細なプロポーションの変化、そして粒子感のある質感などがとても魅力的で、しばしば被写体そのもの以上に心を動かされます。今回の対話では、伝統的な中国美学の要素を取り入れ、それを写真表現に応用しようと試みました。
インスピレーションの源は何ですか?
近年の私の作品は、美術史との結びつきが非常に強くなっており、東洋と西洋、それぞれの美的感性の対話、あるいは融合を意識したアプローチが特徴です。私は、東洋の芸術を西洋の視覚言語の視点から読み解くことにインスピレーションを見出しています。また、親となったことで、子どもたちのフィルターのない純粋な視点に触れるようになり、そのまなざしが新たな発想の重要な源となっています。
どのカメラを使用しましたか?その理由は?
私が愛用しているのは「ライカI」です。このカメラは100年近く前のものですが、今なお揺るぎない信頼感があります。特に気に入っているのは、そのコンパクトなフォルムと直感的な操作性です。ピント合わせには集中力が求められますが、それによって被写体との間に深いつながりが生まれます。物事をシンプルに見ることの素晴らしさを教えてくれるカメラです。
写真は過去数十年でどのように変化したと思いますか?
この100年で、写真は劇的な変化を遂げました。カメラは解像度が高まり、小型化しているほか、編集ソフトウェアの重要性も増しています。今ではAIの登場により、写真の本質そのものが問われるような時代になりました。しかし、写真の本質に立ち返れば、写真は今もなお、人の感情を記録するための媒体として存在しています。私たちはある瞬間を生き、そのかけがえのない一瞬をカメラで捉えるのです。写真は単なる情報の伝達手段ではなく、心に残る記憶や感情を映し出すものでもあります。
想像してみてください。もし私たちが子どもたちの成長の瞬間を写真に収めず、あとからAIでその姿を生成したとしたら?その合成されたイメージは、本物の写真と同じように私たちの心を動かせるでしょうか?
今後の写真の可能性と課題についてどう考えますか?
今日、写真がこれまでになく身近なものになったことに、私は大きな可能性を感じています。多くの人々がそれぞれの視点を発信することで、世界は多様な表現やものの見方に満ち、より一層豊かになっています。この開かれた環境は素晴らしいものですが、同時にその過剰な状況こそが、現代における大きな課題でもあります。本当に意味のある作品を創り出すには、これまで以上に深い思索や、分野を超えた対話、そして何よりも、雑音の中でも埋もれない「本物の声」が求められているのだと思います。
デジタルの時代において、ギャラリーはどのような役割を果たすと思いますか? 特にご自身の作品にとってはどうでしょうか?
かつてギャラリーは、アーティストが作品を発表できる唯一の場でした。今では多くのクリエイターが、デジタルという新しい手段で作品を発表しています。それでも私は、ギャラリーこそが最良の場であると考えています。第一に、ギャラリーという空間は非常に緻密に設計されています。光、広さ、空気感、温度、香りといった要素は、画面上では決して再現できません。第二に、観る人にとってギャラリーは、作品とじっくり向き合うための「空白の時間」を与えてくれる特別な場所なのです。

© Jing Huang
ジン・ホアン
1987年広州生まれ。現在は深圳市を拠点に活動。広州美術学院で写真を学び、2010年に卒業。2011年に、シリーズ作品『Pure of Sight』でライカ・オスカー・バルナック・ニューカマーアワードを受賞。作品はこれまでに世界各地で展示されている。

Ralph Gibson © Bob Tursack
ラルフ・ギブソン
1939年、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。米海軍および1960年から1962年までサンフランシスコ・アート・インスティテュートで写真を学ぶ。1961年から1962年までドロシア・ラングの助手、1967年から1968年までロバート・フランクの助手として働く。1969年に自身の出版社「ルストルム・プレス」を設立。現在までに40冊を超える著書を出版しており、作品は世界有数の美術館やコレクションに収蔵されている。1988年にライカ・メダル・オブ・エクセレンス、2018年にフランスの勲章であるレジオンドヌール勲章、2021年にライカ・ホール・オブ・フェイム・アワードを受賞。